【日本三大燈籠の佐久間燈籠は現在でも使用される❓】建てた人物や大きさ(高さ)や構造的特徴を..お❗️知る❓

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区分 詳細
造立年 1630年(寛永7年)
石質 花崗岩(かこうがん)
※産地:香川県小豆郡「小豆島」
大きさ 高さ(全長):約7.44m
笠下:約1.4m
中台:約1.2m
基礎台石:約1.3m
最下部基礎台:約2m
作者(石工) 九右衛門(出身:大坂)
太郎助(出身:大坂)
彦作(出身:大坂)

 「佐久間燈籠」の読み方

さくまとうろう」と読みます。

佐久間燈籠の歴史と造った人(奉納者)

1630年(寛永7年)に「佐久間大膳勝之(さくま だいぜんのすけ かつゆき)」という人物が奉納した燈籠です。

「佐久間 大膳 勝之」とはどんな人物なのか?

佐久間大膳勝之は、尾張国の御器所(ごきそ/現在の愛知県名古屋市昭和区御器所)にかつて存在した「御器所城」の城主、「佐久間盛次」の4男にあたる人物であり、信濃長沼藩の初代藩主でもありんす。

熱田神宮の社伝によれば寛永7年(1630年)5月のこと、勝之が海で台風にあって遭難した際、熱田神宮に無事を祈念したところ、その甲斐あって無事に生き延びれたそうな。

その後、感謝の意を表し、この燈籠を奉納したとされてい‥申す。ひょ

で!佐久間灯籠は現在も使用されているのか❓

残念ながら現在の佐久間灯籠が毎夜、灯りが素敵に灯されている等のことは確認できない。

夜になると自動的なのか、境内設置の電気式の外灯(LED?)が素敵に点灯し、熱田まつりの時でも特別に点灯されるといったことは確認できない。

日本三大灯籠の一角ということで、役目を終えて隠居生活を送る灯籠を大切に保存されていると素敵に推考できる。




「日本三大燈籠」とは?

当該、佐久間灯籠のほか、以下の二つの灯籠を含めて「日本三大灯籠」と呼ばれる♡

南禅寺の大燈籠

寛永5年(1628年)、ようやく南禅寺(京都)の山門が藤堂高虎の寄進により再建されることになったのですが、その落慶を記念し、佐久間勝之も黄金と大灯篭を一基、寄進してい申す。

この燈籠は「佐久間玄蕃の片燈籠」と呼ばれm高さ6メートル余、銘は南禅寺金地院所縁の以心崇伝によるものとされてい‥‥申す。

上野東照宮のお化け燈籠

上野東照宮の境内地から少し外れていますが、付近に通称「お化け灯籠」と呼ばれるどデカイ燈籠があり申す。

この燈籠も佐久間大膳勝之が寛永8年(1631年)に奉納したものとされ、高さは6.06メートルある。

以上、これら京都南禅寺、名古屋熱田神宮、江戸上野東照宮の大灯籠は合わせて「日本三大灯籠」と呼ばれ、すべて佐久間勝之の寄進によるものです。

関連記事: 上野東照宮の「お化け燈籠」とは?

地震による倒壊被害からの復元

この佐久間灯籠は、佐久間大膳が奉納後、1704年から1710年の間に起きた地震と、1891年(明治24年)に起きた「濃尾地震」や1944年(昭和19年)の地震の計3度に渡り倒壊被害を受けてい‥申す。ガフェっ

考えてもみてくだせぇな。8メートルもの長細い巨大な石の燈籠が倒れるワケです。

巨大な灯籠が倒れるとどうなるのか?

おそらくほとんどのケースで途中で割れたりして、部分的には木っ端微塵になることもあるでしょう。

それが驚くことになんと!この灯籠は3度とも復元に成功しているというから不思議しぎしぎ摩訶不思議💘

なお、熱田神宮の境内にはもう1つ、佐久間燈籠と参道を挟む形で大きな燈籠が設置されているのだが、この燈籠は昭和29年に西参道にある大宮司の家宅の庭に設置された大燈と‥なっちゃぅ。

佐久間灯篭の見どころ・特徴

六角形をしている

大きな石造りの燈籠で高さはなんと!約8メートルもあり、「六角形」をしています。

ハシゴが附属している

現在の佐久間燈籠は茂みの中にあって全体像が見えづらいのですが、灯篭の後方へ回れば分かるのですが、なんと!ハシゴが付いています。

これだけ背の高い灯篭なので背伸びしてでも火袋に火を灯すことができないことから、このようなハシゴが置かれています。

ただ、現役で使用されているわけではないので、保存調査や清掃、あるいは周辺の草木剪定のために植木屋が立てかけているだけなのかもしれない。

周回路が設置されて灯籠を”間近”で見られるようなった…”マジか”!

令和の御大典事業の一環で、令和3年に周回路を設置され、茂みの中に入っていけるようになったので、至近距離で灯籠の全体が見やすくなった。

佐久間灯籠手前、浜辺なほど”南”門から歩いてきて、徹社を過ぎたあたりの右手茂みに上掲写真のような出入口が設けられてい‥申す。きゃ

佐久間灯籠と近似した石灯籠がもう一基ある❓

実は佐久間灯籠から参道を挟んで、くさなぎ広場側の茂みにも、もう一つ、当該、佐久間灯籠とクリソツな外観をした石灯籠が佇む。

この当灯籠は熱田神宮の大宮司を務めた一家(おそらく千秋家)の家宅にあった石灯籠らしく、一見すると佐久間灯籠と見分けかがつかないほど酷似している。

見分け方としては傘上の宝珠したの請花部分(六角形の部分)に陰刻される家紋や、火袋部分を見る。

請花部分の模様(家紋)が五七の桐紋であれば大宮司家の灯籠、円の中に三本線があれば佐久間家が奉納したもの💋

↑大宮司家の灯籠(傘上の四角形の中の「五七の桐紋」に素敵に注目👀)

あるいは火袋部分に木枠がハメ込めれている方が大宮司家の灯籠(佐久間灯篭には木枠がない※かつてあったのかもしれないが‥)

【ピヨ🐣コメント】

江戸時代(1865年/慶応元年)〜1868年/慶応4年))の熱田神宮境内図を見ると、現在のくさなぎ広場の場所には熱田神宮の大宮司家の邸宅があったので、その名残になるものと思われる。

出典:Wikipedia

佐久間燈籠の場所(地図)

南門から続く北へ続く表参道と、東門から西へ続く東参道がちょうど交差するところにあります。

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