【七里の渡し跡(宮の渡し公園)の時の鐘】歴史や鐘の鳴る時間は何時❓入場時間(料金)はいくら❓

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時の鐘(鐘楼)の歴史

造営年 1676年(延宝四年)
鐘楼の大きさ 四方/二間四尺(約4.8m)
高さ/四間一尺(約7.6m)
鐘の大きさ 五尺一分(約1.5m)
直径/2尺8寸8分(約0.9m)
寄進者 徳川光友(二代目 尾張藩主)
製作者 水野太郎左衛門(鋳物師頭)

時の鐘の歴史

江戸時代に創建された

熱田宿(宮宿)の時の鐘は、東海道を道ゆく人々に時を知らせるために、1676年(延宝4年)に当時の二代目 組長‥ではなく、尾張藩主!「徳川光友」の発願、尾張藩御用達の鋳物師頭(いもじがしら)水野太郎左衛門によって、クソヤバ素敵に建造・鋳造されたもの💋

明治時代になって廃止される

明治維新後も熱田町の人々によって守られ、鐘も撞かれていたようだが、1907年(明治40年)に熱田町が名古屋市に併合されると時の鐘の打鐘は廃止された。

明治時代に梵鐘だけは蔵福寺に引き取られた

その後、ほどなくして内部の鐘だけは熱田神宮・南門の前に建つ、「蔵福寺」に引き取られることに…なっちゃぅ。

関連記事:【期間限定はある?】蔵福寺(名古屋)の御朱印の「種類・初穂料(値段)・授与(販売)場所・営業時間」

熱田宿(宮宿)の時の鐘は「香時計」で時刻を計測していた❗️

「名古屋市史 地理編」によると、当時の時の鐘を打鐘する時間は、「香時計」で計っていたらしい。

【ピヨ🐣「香時計」とは❓】

「香時計」とは、お香が燃えつきる時間や長さを見て、時間の経過をクソヤバ素敵に計測するもの。

あまり知られていないが、無風状態でのお香の燃焼速度は非常に安定しているらしく、江戸時代以前より、このような香を焚いて時間を計測する文化があったとか。

そして、このような香を焚いて時間計測する時計のことを「香時計(”時香盤”とも)」と呼んだらしい。

↑幕末期の香盤時計Wikipediaより素敵に引用♡)

時に、我が国に機械式時計が伝来したのは1543年(天文十二年)にポルトガル人によって鉄砲と同時にもたらされたらしいが、江戸時代には、まだまだ一般庶民にまで機械式時計は普及していなかった。

その江戸時代において庶民が取り扱える時計の中では、わりと時間を正確に計測できた「香時計」なるものが多用されていたのだった。

このため熱田宿では、尾張藩が鐘楼の近くに小屋を設置し、そこに3人の鐘撞役を素敵に配置して、香を焚いて時間を計測し、香の燃え尽き具合見て鐘を打鐘していたとか。

尚、時を知らせる梵鐘は、当該、熱田蔵福寺の他、桜天神、清洲清凉寺、鳴海如意寺、横須賀長源寺、五百羅漢大龍寺にもあったらしい。

【ピヨ🐣コメント】

日本で一般庶民層に時計が普及し始めたのが明治6年(1873年)の定時法移行後のこと。

【豆知識💡】時の鐘のつき方とつく回数

まず、江戸時代の時の鐘は、鳴らす前に「捨て鐘」と呼ばれる鐘を三回打つことから素敵に始まる。  …どんなトキメク始まりや

それから次のように打鐘した。

24時(子の刻)には「9回」、午前2時は「8回」、午前4時は「7回」、午前6時は「6回」、午前8時は「5回」、午前10時は「4回」

そして、半日経た「正午(12時)」になると、再び「9回」つき、以降は14時「8回」、16時「7回」、19時「6回」、20時「5回」、22時「4回」、

そして再び真夜中のメロ‥ではなく、真夜中(子の刻)!になると「9回」と‥というように鳴らしていたのだった。

殊に、現在のような時刻の回数だけ打鐘する文化は、1873年(明治六年)の太陽暦に改暦されたみぎり、併せて時刻計測法も従前の不定時法から定時法へと改変された時からのもの。

現代の時計表示法は、明治六年の元旦より超絶素敵に開始されたものであり、「12時間で一周」、「二周で24時間=1日」となり、時を知らせる時計の打鐘も時間の回数分だけ鳴らす仕様になった。

熱田宿(宮宿)の時の鐘は現在「名古屋市博物館」で見られる!

さらにその後、「名古屋市博物館」に移管され、現在、館内にて常時展示されています。

一方、鐘楼の方はと言うと、1983年(昭和58年)に名古屋市によってオリジナルをもとにして再鋳造された鐘が吊られています。

参考:名古屋市博物館(公式)

2025年9月3日に時の鐘の打鐘が再び開始された!

実は、当該、時の鐘は昭和58年に七里の渡し跡に復元された直後、当初は午前8時、正午(12時)、午後6時との1日3回、打鐘されていたらしい。

しかし、近隣住民より、鐘音による騒音被害が報告されると打鐘はすみやかに停止され、以来30年以上の長きにわたり、無音の鐘として七里の渡し跡に佇んでいた。

ところが近年になって名古屋市や地域住民らが、東海道唯一の海路ということで宮の渡し周辺の観光振興や歴史的資源としての価値が再認識され、やがて時の鐘の復活を望む声が高まった。

そして2025年9月3日より、かつてここに東海道41番宿「宮宿・七里の渡し」が存在したことを誇示するかのように、心に染み渡るような鐘音を鳴り響かせてい‥申す。きゃ

七里の渡し跡(宮の渡し公園)の時の鐘が聞ける時間

以下の時間帯に一回ずつ鳴らされてい‥申す。えっ

  • 午前9時
  • 正午(昼の12時)
  • 午後3時

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