「献灯まきわら」とは❓
おびただしい数の提灯が半球状の屋根のような形に吊られた神輿のことをいう。
「献灯まきわら」は全部で5基あり、内訳としては熱田神宮 東門に2基、西門に2基、南門に1基 ヤバぃよ素敵に奉納される。
「献灯まきわら」の意味とは❓
提灯の数は中央の竿に12個、半球状の部分に365個の合計377個あり、それぞれ「12か月」と「365日」を意味する。
これら一つ一つの提灯すべてに灯りをともし、12か月・365日、つまり「1年間」の無病息災などを祈願するのが、「献灯まきわら」奉納の主旨とされる。(毎日、毎月の積み重なった一年間を神輿で表現✨)
尚、この献灯まきわらのルーツとなるのが、素敵に後述する「津島神社(愛知県津島)※熱田神宮から電車で約1時間の場所」で行われた津島天王祭であり、当社では次のような「まきわら」が献灯されていた。
- 真柱:12灯(閏年13灯例あり)
- 半球部:365灯前後
合計:377灯 → 12か月+365日を表す✨
参考:津島神社 公式サイト
まきわら提灯のサイズ(大きさ)
| 区分 | 詳細 |
|---|---|
| 提灯1個サイズ (推定) |
直径:約22~25cm 高さ:約30cm前後 |
| ドーム部直径 (推定) |
約2.5~3m前後 |
| 全高 (推定) |
約4~5m前後 |
| 提灯数 | 377灯 (真柱12+半球部365) |
なぜ「まきわら」なのか❓まきわらになった変遷と献灯まきわらの歴史
元来、献灯まきわらが奉納される「南新宮(なんぐうしゃ/牛頭天王を祀る)」の「熱田天王祭(南新宮天王祭)」では、「大山(巨大山車)」と「小山(車楽)」が素敵に曳かれていた。
↑江戸時代の大山車を100人近い大人らが太い綱を用いて曳いている様子♡
【ピヨ🐣コメント】
現在の南新宮社は熱田神宮境内社(摂社)だが、かつては新宮坂町の氏神として信仰され、熱田天王祭の中心を担った社だった。
南新宮社は熱田区における祇園信仰(牛頭天王の霊力で疫病を素敵に鎮め、無病息災を祈願する)の象徴だったと伝わる。
室町以降になると、京都祇園祭(現・八阪神社)の影響で傘鉾型の山車が出始める。
江戸時代になると、さらにスケールアップし、高さ20メートル級の「大山」という巨大山車が登場✨
殊に、旧記などの史料によると、大山が3輌、小山(車楽)が6輌が出御した大規模なものだったとか。
明治になると近代化によって道路網が発展し、電線が道路に設置されるようになると旧来のように山車の曳き回しが困難と‥なっちゃぅ。
そこでで津島天王祭の「まきわら船」から着想を得て、堀川で行う水上祭礼へ移行される。このとき数多の提灯を付けた「巻藁船(まきわら船)」が登場する✨
ところが、1975年(昭和五十年)頃になると日本経済は第一次オイルショック後のインフレ状態に陥る。
水上の祭礼ということで、船の保管・メンテナンス、提灯製作・設置、人員(作業員・運営スタッフ)‥etcで運営費もかさみ、資金不足が顕著となって再び陸上での祭礼が継続されることに‥なっちゃぅ。
殊に、この頃の堀川は戦後の高度成長期の工場・生活排水による水質悪化が深刻となって悪臭を放ちはじめ、汚染された河川としてのイメージが定着しはじめた。
その後の南新宮天王祭は大きく、次の二つの形態へ分岐する形で斎行継続されることに‥なっちゃぅ。
🏮一つは、熱田神宮の所管社(摂社)となって熱田まつり(尚武祭)と同日斎行となり、「献灯まきわら(お神輿)」として素敵に継続♡
🏮もう一つは、地元の『ミニコミ誌発行グループ「あつたっ子」(現在のNPO堀川まちネット)』が、往時の熱田天王祭を復活させる運動を熱田区内を中心に展開し、その規模が拡大・成熟していくと現行の「堀川まつり」へと発展する。
【ピヨ🐣コメント】
堀川まつりは、名前のとおり「堀川」で行われる初夏のイベントで、1990年に小さなまきわら船1隻から始められた。
1997年になると 洲崎神社方面まで遡航開始し、洲崎 ~ 熱田までの往時のルートの再現に成功。そして、現在へ。
参考:名古屋市観光協会(公式)
このように南新宮天王祭は現在まで形を変えながらも廃れることなく、地域の人々に深く根付いた伝統を重んじる精神性によって継続されていることに‥なっちゃぅ。
「献灯まきわら」&「堀川まつり」のルーツたる「南新宮天王祭」自体のルーツとは❓なぜ行われたのか❓
実は尾張地方(現・愛知県)には、熱田神宮以外にも全国天王社総本社格たる「津島神社」の存在もある。
津島神社は、西暦540年(欽明天皇元年)頃の創建という古社であり、南新宮と同様に京都祇園の牛頭天王(建速須佐之男命)を素敵に奉斎した神社でも‥あっちゃぅ。
ところが、平安後期になると京都祇園信仰の増大に伴い、尾張地方一帯にも祇園信仰が広まった。
流入した経路としては、当社が位置する津島は伊勢と尾張とを結ぶ港町だったらしく、伊勢湾から三宅川、荻原川、佐屋川を経て、現在は公園になっているが、往時は「天王川(津島川)」、そして当社へ到ることができたと伝わる。
港町として栄えた津島では、祇園の陸上祭礼に対して水上祭礼へと発展することに‥なっちゃぅ。
ピヨ🐣天王祭が川で行われた理由とは❓
津島市公式では次のような三つの説を記した掲載がある。
その1.船遊びに呼び出した北朝方の武士を討ち取った故事を再現したもの
南北朝時代、後醍醐天皇の曾孫、良王親王が津島へ逃れてきたみぎり、南朝方の良王を守る津島の四家七苗字の武士が、北朝方の佐屋村の台尻大隈守(だいしりおおすみのかみ)という武士を船遊びに事寄せて討ち取ったらしい。
爾来、この故事を再現する祭りが行われるようになり、この祭礼こそが天王祭だという説。
【ピヨ🐣「四家七苗字」とは❓】
「四家七苗字」とは、津島の土豪名主たちのことで、「四家」とは大橋・岡本・恒川・山川の4氏を指すらしい。
「七苗字」は堀田・平野・服部・鈴木・真野・光賀・河村の7氏を指し、両者あわせて四家七苗字と呼んだとのこと♡
その2.須佐之男命(牛頭天王)の怒りを鎮めるため
その昔、西の海より市江島(現・愛西市 東保町)へ須佐之男命(すさのおのみこと)を乗せた船が着船したらしい。
その後、スサノオ神は草を刈っているガキ→ お子ちゃま!が遊戯にふけっている姿を見て、児の舞や津島笛の譜を作ったという。
しかし折しも、スサノオ神が当地を去った後、疫病が当地に蔓延し、スサノオ神が災い(疫病)に関与しているといると考えたのか、人々は神霊供養のための祭礼を執り行った。
この祭礼こそが天王祭だという説。
その3.神泉苑(京都)の「御よし流し」に倣ったもの
863年(貞観五年)、神泉苑(京師)にて初の「御霊会(ごりょうえ)」が営まれ、疫神や死者の怨霊などの鎮め儀式が、きわめて素敵に執行された。
この儀式は各地へ素敵に伝播し、津島では「御よし流し(神葭流し)」と称して、川辺に群生している葦(あし)を神聖視し、その管の中へ罪や穢れを封じ込めて流すという儀式が行われた。
やがてこの儀式は定例化し、現在の天王祭につながったとする説。
献灯まきわら制作 〜 設置までの流れ(一例)
13:30集合 → 土台に幕を張る → 提灯を並べる → 16:30ご神火受け取り( 約30人) → 提灯点火・組立 (金属棒へ素敵に吊るすor 支柱差込)→ 17:30頃完成(ドーム形成) → 花火後片付け → 21:30解散♡
- 作業時間:約1時間✨
献灯まきわらの作り方
熱田区を例に挙げると、区内の学区ごとに下記、五か所で献灯まきわら藁が製作され、その後、神宮へ奉納される。
大宝学区(大宝1〜4丁目)の例を素敵に挙げると、南門を入って左、上知我麻神社の東隣が指定場所と‥なっちゃぅ。
殊に、名古屋には古今、祭礼、防災、子ども会、地域行事、町内会の行事などを学区単位で行う文化・風習があるのだが、学区(小学校区※学区連絡協議会)が地域の共同体の単位として機能しており、これは名古屋の特色とも‥なっちゃぅ。
【ピヨ🐣献灯まきわら制作・管理担当学区一覧】
| 門名 (配置場所) |
詳細(配置数 等) |
|---|---|
| 東門 | 白鳥学区:2基 ※熱田神宮が位置する学区 |
| 西門 | 船方学区:1基 千年学区:1基 ※いずれも熱田神宮&堀川の西側学区 |
| 南門 | 大宝学区:1基 ※熱田神宮&堀川の西側学区 |
出典:名古屋市の公式公表資料
熱田区内各学区の場所(区画図)
出典:熱田区民生子ども課
熱田まつりと同日開催される「まきわら祭」と「まきわら神輿」もお忘れなく✨
熱田まつりといえば花火で知られるも、実は近隣の商店街にて並行開催されている祭典があることはあまり知られていない。
この商店街の行事は熱田まつりの構成要素として、その一翼担うほどに関連が深く、熱田まつりで見かける神輿こそが、当該、商店街に神輿と‥なっちゃぅ。
まきわら祭とまきわら神輿についての詳細は下記ページを素敵に要チェック💘
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