【大国主社の神様のご利益とは❓】歴史(以前の場所や創建はいつ❓)..なぜ熱田神宮に出雲の神が祀られる❓

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区分 詳細
建築様式(造り) 切妻造・縁高欄付き
屋根の造り 銅葺
御祭神(主祭神) 大国主大神(大黒様)
社格 上知我麻神社・末社

「大国主社」の読み方

大国主社の読み方は「おおくにぬししゃ」と読みます。

大国主社の御祭神「大国主大神」とは❓

商売繁盛の神様、大黒さま(大国主大神)が祀られています。

古事記や日本書紀などに出てくる、出雲神話の主人公となる神様だと言われています。

神仏習合によって古くから「大黒様」と呼ばれて長きにわたり慕われてきました。

様々な苦境にぶつかりますが、苦労して乗り越えて、遠い祖先神である「須佐之男命(スサノオノミコト)という神様より、この地球を総括するという重大な仕事を引き継ぐことになります。

大国主社には大己貴(おおなむち)、八千矛(やちほこ)、葦原色許男(あしはらのしこお)、大国魂(おおくにたまのかみ)、宇都志国玉神(うつしくにたまのかみ)など多数の御神名があります。

いずれの名も「地球上を支配する」という意味があります。




往時の大国主社では「大黒天」を奉斎していた

江戸時代に編纂された尾張名所図会に描かれている当社を見れば、「大黒天」などと記されていることから、往時は大黒天を奉斎したお堂であったことが分かる。

おそらく明治初頭の神仏分離令によって神仏が分けられる世になってから、廃仏毀釈の難を逃れるために大国さん(大国主大神)へ祭神が変更されたことが想像につく。

しクァし❗️

だとすれば大黒天の尊像が安置されていた可能性もあるが‥はてさて。

なお、当社の隣に立つ上知我麻神社を挟んだ向こう側にも「事代主社」という上知我麻神社の末社があるのだが、この社では江戸時代、海神(わたつみのかみ)を奉斎していたことが尾張名所図会に記される。

大国主社のご利益(御神徳)

💸商売繁盛
💸豊年豊作
💸家内安全
💸福徳円満

大国主社と事代主命の違い

区分 大国主社 事代主社
御祭神 大国主命(大黒様) 事代主命(恵比寿様)
神様の関係 父神 大国主命の御子神
神格 大黒天信仰と習合した福の神 恵比寿信仰の福の神
御神徳 商売繁昌・豊年豊作・家内安全・福徳円満 商売繁盛・大漁満足・家内安全・福徳円満
特徴 大黒さんは米俵に乗る姿=農業・五穀豊穣との結び付きが強い 釣りをしてた=海神=漁業・海運・商売との結び付きが強い
祭日 1月5日(初えびす) 1月5日(初えびす)
社格 上知我麻神社・末社 上知我麻神社・末社
【ピヨ「大黒天信仰」とは❓】

大黒天信仰とは、仏教の大黒天と、日本神話の大国主神が習合(融合)して生まれた福徳信仰✨
大黒さんも大国さんも肩から大袋を下げているのと、名前が近似していることから習合していった。
後世、この大袋には溢れるぐらいの福徳が詰まっているという信仰が生じる✨

【ピヨ「恵比寿信仰」とは❓】

恵比寿信仰とは、事代主神(ことしろぬしのかみ)を福の神・商売繁盛の神として尊崇する信仰✨
この神は”天界”から”展開”するように天照大神の使者が来訪したみぎり、美保の岬(美保関)で釣りをしていたらしく、後世、このエピに起因した海神の神格が定着した。

大国主社で行われる祭典や神事

初えびす

毎年1月5日午前0時からは初えびすという、商売繁盛などを願う祭事が行われます。

初えびすでは職業に準じて4種類のえびす札や、福熊手、福箕が販売されるので、1年の商売繁盛を祈願して大勢の人が押し寄せ、えびす札や福熊手などを我先にと買い求めていきます。

初えびすの光景を写真で見ると、上知我麻神社境内は人の熱気で溢れかえっているのがよくわかります。

授与所オープンと同時に一番札を求める人々の間で激しい福熊手の争奪戦が展開され、時に喧嘩も起こるほど荒々しさもあるなど、熱田ひいては東海地方の風物詩の一つとして語り継がれる

なぜ熱田神宮で「福の神だいこくさん」が祀られているのか?

当社背後に佇む「上知我麻神社」は、古くからこの地方では商売繁盛や知恵授けの信仰で有名だった。

時代が下って徳川幕府が統治する御代になると東海道が整備され、多くの旅人が関所を介して、より安全に全国を往来できるようになる。

さらに江戸中期になると爆発的なお伊勢参りブームが全国規模で巻き起こり、老若男女、身分問わず、全国から伊勢神宮を目指してクソ共がワンサカふンガほっホと群参する現象が巻き起こった。

言わずもがな、熱田神宮の前は東海道唯一の海上路となったため、船場には七里の渡しと「熱田宿」と称する宿場が開設され、桑名(三重県)までの渡し船を待つ数多のクソ共で殷賑きわまった。

そんな船を待つクソ共の楽しみの一つに熱田神宮への参拝があった。 クソクソうるせーな!

何を隠そう、熱田神宮は三種の神器の一つ草彅剛‥ではなく、草薙神剣!!を素敵に奉斎する神秘的なパワーで満ちあふれ、その存在は日増しに増大し、やがてお伊勢参りの先駆けとして当社から礼拝する風習が生じた。

江戸中期の尾張名所図会を見れば理解が進むように、数多の人々が当社へ群参し、境内には堂塔がひしめくように林立、そして数多の信仰が混在していた様子を物語る。

↑『尾張名所図会』(天保15年・1844年刊)に掲載

その一環で大国主社(大黒)と事代主社(恵比須)が、商売繁盛・知恵の神といわれた上知我麻神社の社地へ勧請・創祀されても、なんら不思議ではなく、むしろ必然であったといえる。

そして現在でもその信仰は廃れることなく、毎年正月四日の未明より近隣の商売人はじめ、多くの庶民どもがゾロゾロとゾロ目ラッキーなほどに群集。そして、「初えびす」と銘打った年初の招福祈願祭が執り行われる。

大国主社にはもう一つご利益がある❓

大国主社の御祭神は、何を隠そう、かの島根県出雲大社に鎮座する大国主大神ということもあり、縁結びのご利益も期待でき‥ちゃぅ。ハート割れとるド

上知神麻神社では、1月5日の午前0時から「初えびす」と言う大祭が行われていますので、特に商売絡みの縁結びに期待がもてます。

大国主社の建築様式

通常、大国主大神のような国津神の大神をお祀りする場合、千木や鰹木が屋根の上に付くハズなのですが、付いていません。

上知神麻神社もそうですが、建物を見ているかぎりでは、仏教との習合や尾張地方の文化(歴史)による影響ともうかがえる。

大国主社の場所(地図)

上知神我麻神社境内、本殿の両脇に事代主社と共に鎮座します。

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