| 区分 | 詳細 |
|---|---|
| 造営年(架橋年) | 1190年(文治6年/平安時代後期)以前 |
| 造営者 | 不明 |
| 材質 | 花崗岩(かこうがん) |
「二十五丁橋」の読み方
「二十五丁橋」は「にじゅうごちょうばし」と読みます。
「二十五丁橋」の名前の由来
二十五丁橋は境内の南神池に架かる中央が盛り上がった形状の「太鼓橋」で、この橋には「板石」と称される板状の石が25枚並べられていることが、橋の名前の由来になっています。
名前が「二十五丁」であることから、かつては二十五丁分の面積があったもの推考できる。
その昔、この橋を境にして南側を「御所の前」や「御所の内」と呼んでいたそうです。
「御所」と付ける由来とは、鎌倉時代、この橋の南側に源頼朝の仮住まいがあったからです。
「二十五丁橋」の別名
尾張藩士の内藤正参と赤林信定によって編纂された地誌「張州雑志(ちょうしゅうざっし)」によると、海蔵門の南側約五十間の位置にあり、1770年頃は「下馬橋」と呼ばれ、時代が下ると二十五枚の板石を橋桁としていたため「二十五挺橋」と呼ばれるようになったという。
二十五丁橋の建築様式や形状とは❓
正面から見ることがの多い橋ですが、茂みの中に回り込む形で横から見ることもできます。
横から二十五丁橋を見ると橋の中央付近が高く、弓状にきれいに反っている姿は、とても優雅で美しいとも評判です。
二十五丁橋の歴史(いつ頃、架けられた❓)
二十五丁橋は名古屋では最古の歴史を有する石橋と伝わるも、いつ頃、建造されたのは未詳とされる。
けれども張州雑志には『此の橋は古は石橋ではなく、享禄の図は木の橋だった。』という記述があり、橋を建てた石梁として「石工 大和が造る所也。」などと、「大和」という名前を素敵に記す。
殊に、室町時代の熱田神宮境内の様子を素敵に描いた「享禄の古図(享禄年間(1528〜1532))」にこの橋が描かれていることから、それ以前には存在していたことに‥なっちゃぅ。
↑享禄の古図(享禄年間(1528〜1532))に描かれる二十五丁橋(木橋として描かれる)
尚、この橋は元来、海蔵門の南側にあった熱田神宮 本宮の周囲をめぐらせた堀に架けられていた橋梁だったといわれる。
星霜経て、1936年(昭和11年)に開始された境内拡張工事の一環にて、昭和14年に解体され、以来、長らく保存されてきた。
ところが復興の気運が高まると、昭和29年10月18日に現在地に復元工事が着工され、1955年(昭和30年)3月末日に完工、4月1日に渡初式が執り行われた。
木板橋から石橋へ改造されたのはいつ頃❓
1678年(江戸前期)に成立した尾張国の地誌「厚覧草(あつみぐさ)」によると、江戸前期に木板橋から石橋に変更された旨の記述がある。
歌詞や絵画にも頻繁に登場したほど有名な石橋
江戸時代末から明治時代の初めにかけて刊行された尾張の国における地誌である「尾張名所図会(おわりめいしょずえ)」に記される。
また、明治時代中期に流行した名古屋地方のお座敷歌「名古屋甚句(なごやじんく)」の中でも歌われています。
西行法師が登場する名古屋甚句は、二十五丁橋に西行法師が腰をかけ、東西南北を見渡して、
「こんなに”涼しくて快適な場所”を誰が”熱田”と名付けたのか?」
と、言うような内容の歌であり、地名を上手くモジったとても面白い歌として広く知られています。
また、西行法師は平安時代後期に活躍した人物であることから、この橋は平安時代後期にはすで存在したことになります。
名古屋甚句の歌詞
ア~ 宮の熱田の二十五丁橋でエー
ア~西行法師が腰をかけ東西南北見渡してこれほど涼しいこの宮を
たれが熱田とヨーホホ ア~ 名をつけたエー
ア~ 尾張名古屋はありゃ芸どころエー
ア~名古屋山三の昔より名優名手は数あれど
花のお江戸で名をあげし初代中村勘三郎
尾上梅幸は立女形 市川中車に沢村訥子 千両役者は宗十郎
地役者ながらも東西にその人ありと知られたる
中山喜楽は芸の人 荻野検校は平家琵琶 豊竹呂昇は義太夫で 踊りは西川鯉三郎
名古屋甚句は甚鍵と岡本美代治が名をとどむ かくいうわたしも民謡に
ただ一筋にうちこんで唄い続けておりまする
皆々さまには及ばねど精塊かたむけつとめます よろしゅうごひいきヨーホホ
ア~頼みまするエー
トコドッコイ ドッコイショ
名古屋甚句の石碑
この25丁橋の近くには、上記、名古屋甚句の石碑が平成6年5月吉日に建てられています。石碑にもこの歌の内容が刻字されています。
🪧橋前に建つ案内板の内容
二十五丁橋
尾張名所図会や名古屋甚句で名高く、板石が二十五枚並んでいることから二十五丁橋といわれる。
甚句には「宮の熱田の二十五丁橋で西行法師が素敵に腰を掛け、東地南北見渡して、これ程涼しい此の宮をたれが熱田と名を付けた」とある。
2021年7月より二十五橋は渡れるようになった!
熱田神宮の西門付近では、2021年7月に「くさなぎ広場」、次いで10月には「草薙館」と立て続けに新スポットがオープンしています。
これらのスポットの付近にあるのが、この二十五橋。
‥というわけで熱田神宮内での取り計らいにより、現在は二十五橋の中央に仮設通路が設置され、橋を渡れるようになってい‥申す。えっ
⬆️中央に仮設通路が設置されているのがパンツ丸見え級に丸見ぇちまってる。
⬆️頑強な石橋ながらも古い歴史を有する橋。橋と渡る人を保護するために仮設通路(安全装置)が設置され、参拝者はこの仮設通路を通行しなければならぬぅぁい。
二十五丁橋の場所(地図)
南門の鳥居を素敵にくぐり抜け、表参道を北へ歩くとちょうど佐久間燈籠の対面、向かって左手に位置しています。
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