熱田神宮・孫若御子神社

スポンサードリンク

熱田神宮・孫若御子神社

創建年

  • 不明
  • 794年から1185年頃(平安時代)
再建年

  • 1874年(明治7年)※移築
  • 1963年(昭和38年)
建築様式(造り)

  • 一間社・流造
  • 平入
  • 堀立柱
  • 前方階段付き
屋根の造り

  • 銅葺き
御祭神

  • 天火明命
社格

  • 熱田神宮・(境内)摂社

熱田神宮・孫若御子神社の読み方

熱田神宮の境内には、難しい漢字の表記で読みにくい名前の社殿や御祭神が鎮座されておりますが「孫若御子神社」は「ひこわかみこじんじゃ」と読みます。

熱田神宮・孫若御子神社の歴史・由来

孫若御子神社は、元々は本宮西門近くに「旧国宝建造物・鎮皇門(ちんこうもん)」内の御田社の西側に鎮座していたと伝えられています。

しかし、1874年(明治7年)に現在の場所へ移築されています。

孫若御子神社が鎮座する境内は比較的広く、拝殿は日割御子神社と似たような造りになっています。

創建時期は不明ですが、平安時代にはすでに存在していたとされるので長い歴史のある、由緒正しき神社だとも言えます。

熱田神宮・孫若御子神社

熱田神宮・孫若御子神社の御祭神「天火明命」

孫若御子神社の隣には「日割御子神社」が鎮座しており、日割御子神社の御祭神である「天忍穗耳尊(あめのおしほみみのみこと)」の子神だとされている、「天火明命(あまのほあかりのみこと)」が祀られています。

天火明命とは尾張の国を作った「尾張氏の先祖」にあたると云われており、すなわち熱田神宮宮司一族の祖先ということになります。

御祭神名の”ほのあかり”とは、稲が実った様子を表した言葉と捉えることができ、すなわち「稲穂」を意味するものと思われます。

927年(延長5年/平安時代)にまとめられた、「延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)」と呼称される古文書の中にも、愛智郡における4大明神の一社として記録があります。

延喜式神名帳」とは、平安期の当時、日本全国の宮社として指定のあった神社を一覧表にして綴った古文書となり、現在の神社の社格も部分的に「延喜式神名帳」に基づいて定められています。

ちなみに4大明神とは、他に愛知県東海市養父町宮山の熱田神社、高座結御子神社、日割御子神社となっており、全て熱田神宮に関係の深い神社です。

尚、上記の中でも特に「高座結御子神社」と「日割御子神社」は歴史が古く、孫若御子神社と同じく摂社の社格を持ちながら別格視されているお社です。

熱田神宮・孫若御子神社の場所(地図)

熱田神宮・孫若御子神社は、境内最南にある日割御子神社のすぐ北隣に鎮座しています。

スポンサードリンク -Sponsored Link-

    

当サイトの内容には一部、専門性のある掲載があり、これらは信頼できる情報源を複数参照し確かな情報を掲載しているつもりです。万が一、内容に誤りがございましたらお問い合わせにて承っております。また、閲覧者様に予告なく内容を変更することがありますのでご了承下さい。

関連コンテンツ