熱田神宮・「又兵衛(茶席)」【登録有形文化財】

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熱田神宮・「又兵衛(茶席)」【登録有形文化財】

熱田神宮・「又兵衛

創建年

  • 不明
  • 推定:江戸時代中期
再建年

  • 1661年から1750年
  • 1936年
  • 1957年(移築)
建築様式(造り)

  • 入母屋造
  • 木造平屋建
屋根の造り

  • 茅葺(鉄板仮葺)
登録有形文化財指定年月日

  • 2001年(平成13年)4月24日
寄進者

  • 神野金之助

熱田神宮又兵衛の読み方

熱田神宮の境内には、難しい漢字の羅列で読みにくい名前の御祭神や社殿がありますが「又兵衛」は「またべえ」と読みます。


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「又兵衛」の名前の由来

熱田神宮の又兵衛は、もとは「岐阜県北部の有名な白川郷」に存在した「合掌造り」でできた建築物です。

詳しくは「岐阜県吉城郡細江村」の「坂上又兵衛」という豪農(田畑を多く所有する地主)の家宅でした。

「坂上又兵衛」は、心優しい善人として有名な人の家であったことが、その名の由来です。

その後、実業家の「神野金之助」が自らの家宅として名古屋市昭和区に移築し、最終的には熱田神宮に寄贈しています。

「又兵衛」の建築様式(造り)

この又兵衛は歴史が古く、とても貴重な建物であることから平成13年には国の文化財として登録を受けています。

その理由とは、建物の造りにあり、飛騨北東の集落の建家造りである「合掌造の民家」であり、「合掌造の民家」の原形と云われています。

合掌造の民家は再建が難しい上に、この又兵衛は日本に現存する「合掌造の民家」としては最古の民家であると伝わっています。

合掌造りとは、早い話が「坊やヨイコだ寝んねしな!!!」・・の、「日本昔話風の民家」のことです。

屋根の材料「茅(かや)」と使い、それを見開いた本のように真ん中で2つに分けて、家となる部分に覆い被せた「切妻造り」にしています。

入口は三角屋根が垂れ下がる方向に造る「平入り(ひらいり)」の造りの古代の民家風の建物のことです。

しかし現在は茅葺きの屋根は、部分的に「鉄板仮葺」の屋根に葺き替えられています。

実は飛騨にも「合掌造り民家園」と呼称される博物館があり、この博物館にもいくつか「合掌造り」の民家が保存されていますが、この「又兵衛」が最古と呼ばれるのは家内の造りにもあります。

デイ」と呼称される「3つの部屋」と「チョウダ」と呼称される「使用人たちが暮らした床の間」が「仏間」を挟む形で造られています。

また、家内の柱の配置などからしても、現存する比類した建造物が他に無いことにもあるようです。

「又兵衛」の役割り

熱田神宮の又兵衛は、現在は「茶席」として使用されており、熱田神宮で毎月15日に行われる「月次茶会」の会場にもなっており、その他の茶会やイベントなどにも使用されています。

毎回多くの人でにぎわいますが、特に年度末や週末に重なると結構混雑します。

更に、又兵衛の他にも、境内には5軒の茶席があります。

また毎月第1土曜日に開催される親子で参加のお茶碗やマグカップを作る造形教室も又兵衛で開催されています。

コチラの教室は半年間の期間制になっています。

えぇっ?!この古民家の又兵衛で挙式(結婚式)ができる??

実は、この又兵衛では披露宴が執り行えます。

人数の定員は25名までですが、味のある結婚式にしたい方は是非。

熱田神宮・「又兵衛(茶席)」の場所

熱田神宮・又兵衛は境内のちょうど中央付近、手水舎のすぐ西側に位置します。

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