熱田神宮・事代主社
建築様式(造り)
- 切妻造
- 縁・高欄付き
屋根の造り
- 銅葺
御祭神(主祭神)
- 事代主大神(恵比寿様)
社格
- 上知我麻神社・末社
熱田神宮・事代主社の読み方
事代主社は「ことしろぬししゃ」と読みます。
熱田神宮・事代主社の御祭神「事代主大神」
上知我麻神社の向かって左脇にあるとても小さなお社に事代主大神が祀られています。
古事記では右脇のお社に祀られている大国主大神の後継者(子神)であるとも記されています。
しかし、事代主大神はその実態がはっきりしておらず、七福神の1つ、恵比寿様と同じである「商売繁盛を願う神様」だと云われています。
なお、大阪の今宮戎神社(いまみやえびすじんじゃ)では、事代主大神をえびす様(恵比須)と捉え、主祭神としてお祀りしています。
事代主大神は、「阿遅志貴高日子根神(あじしきたかひこねのかみ)」または「一言主神(ひとことぬしのかみ)」という呼び名もあります。
島根県松江市にある恵比寿様の草本宮美保神社や高知県の土佐神社にも祀られています。
大国主大神と事代主大神が親子であることから、大黒さん恵比寿さんも親子であると言う例えもあります。
かつては「海神」が奉斎されていた
江戸時代に編纂された尾張名所図会に描かれている当社を見れば、「海神(わたつみ)」などと記されていることから、往時は海の神である海神をを奉斎した社殿でした。
ちなみに当社の隣に立つ上知我麻神社を挟んだ向こう側にも「大国主社」という上知我麻神社の末社があるが、この社では江戸時代、大黒天が祀られていたことが尾張名所図会に記されてい‥‥‥申す。ジャヘっ
おそらく明治初頭の神仏分離令によって神仏が分けられる世になってから、祭神が置き換えられたのだろぅか?
もしくは同じ海神系の神である事代主神のことを単に海神と記したのか?
なにぶん、当社に関しての文献上の記録が少なく、謎が多く残る。
熱田神宮・事代主社の「祭典・神事」
毎年1月5日午前0時からは初えびすという、商売繁盛などを願う祭事が行われます。
初えびすでは職業に準じて4種類のえびす札や、福熊手、福箕が販売されるので、1年の商売繁盛を祈願して大勢の人が押し寄せ、えびす札や福熊手などを我先にと買い求めていきます。
初えびすの光景を写真で見ると、上知我麻神社境内は人の熱気で溢れかえっているのがよくわかります。
熱田神宮の初えびすに関しては当サイトの以下↓の別ページにてご紹介しております。
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事代主社の建築様式・造り
上知我麻神社の右脇にある「大国主社」もそうですが、事代主社も屋根の上に「千木や鰹木」がありません。
その昔、熱田神宮にも神仏習合があったようで、その影響が建物の形に現れているのではないでしょうか。
そもそも、「御祭神」と言う形で神様がお祀りされていながら、「大黒様(大黒天)」といった仏様が、お祀りされていることが神仏習合といえます。
熱田神宮・事代主社の場所(地図)
熱田神宮・事代主社の場所は地下鉄伝馬町駅から這い出てきて南門を入り、「一の鳥居」の手前を左へ入った社務所奥に位置します。付近には別宮・八剣宮や太郎庵椿があります。
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